【東京都大島町波浮港16】
明治3年10月、庚午事変に加担し八丈島流刑となった徳島藩士が乗った船が波浮港に寄港した。流人とはいえ藩主に代わり身命を賭した忠臣を村の人々は手厚くもてなしたが、まもなく4名が死亡。当時流行していたコレラによるものと思われる。4人は波浮港に近い妙見山墓地に埋葬された。同墓地には波浮港を開いた秋広平六の墓もある。
※管理人は波浮港バス停で下車。墓地までずっと階段と坂道だったので、もしかしたら次のバス停の方が良かったかも?墓地はバス停方面から波浮港駐在所の一つ先、細い小道を左に進んだところ。道の入り口に小さい案内板がありました。
徳島藩士
平瀬所兵衛
明治3年12月18日卒
今田増之助
明治3年閏10月21日卒
織田角右衛門
明治3年閏10月10日卒
稲垣軍兵衛
明治4年3月29日卒
秋広平六
上総に生まれ、寛政2年幕府医官田村元長の薬草調査案内人として伊豆大島を訪島。後に波浮港を開港した。
【東京都大島町波浮港29-3付近】
寛政年間に11代将軍徳川家斉によって異国船の襲撃に備えて設置された鉄砲場の跡。
【東京都大島町波浮港7-16付近】
寛政12年、秋広平六によって開かれた波浮港の開港100年を記念して明治34年に建てられた。
※踊り子の里資料館脇にある石段の途中にありました。
【東京都大島町岡田84-1付近】
旧岡田村出身の力士、傅吉の碑。揮毫が黒田清隆、裏面の賛同者には榊原鍵吉の名前が刻まれている。
※岡田港よりすぐ。龍王神社脇にありました。