【千葉県東金市東金1423】
文久4年1月17日、真忠組が拠点とする大村屋襲撃の際に捕方の福島藩士高橋直太が討ち死にしている。翌18日葬儀が営まれ、本漸寺に埋葬された。
※記憶がちょっと曖昧なのですが、墓地入ってすぐの道路に面したところにいくつかお墓が並んでいてその中の1つだったと思います。
福島藩士
高橋直太
文久4年1月17日
享年32才
【千葉県東金市東金1512付近】
峯與左衛門は東金町内上宿町の住人で、岡っ引として徳川脱走兵の追捕にあたった。その為脱走兵の怒りを買い、與左衛門の妻が捕らえられてしまった。妻は解放されたが、その後與左衛門は大網村にて暗殺されてしまった。
勇侠與左衛門之傳
宮谷県知事柴山文平撰
峯與左衛門墓
慶応4年8月 卒
【千葉県東金市東中934】
関寛斎は天保元年上総国山辺郡中村に農家吉井佐兵衛・幸子の長男として生まれた。幼名は豊太郎。4歳の時に母幸子が病没したため、伯母年子に引き取られて関家の養子となった。
【千葉県東金市東岩崎1-20】
【千葉県東金市前之内320-1】
常覺寺は関寛斎の養家関家と、妻愛子の実家君塚家の菩提寺である。
製錦堂関先生墓碣銘
篆額 蜂須賀茂韶
撰文 佐藤舜海
素壽関翁之墓