金山町

仙台藩士の墓

 

【山形県最上郡金山町大字上台】

佐々木仁兵衛

駒場七三郎

佐藤弥右衛門

墓の右には「仙臺岩出山属」左には「明治元辰七月十一日」と刻まれている。羽前金山戦死。

※国道13号を北上し金山町火葬場に向かう道を右折した際、左手側高台に墓地があります。

仙台藩士戊辰戦歿碑

 

【山形県最上郡金山町金山1800付近】

慶応4年7月11日、長州の桂太郎を将とする新政府軍は北方森合峠から、一方薩摩兵を主とする一隊は役内から有屋に出て金山を攻めた。両面に敵を受けた仙台兵は大混乱におちいり、当日夕刻隊長梁川播磨は金山町田屋四本松(原文ママ)で壮絶な戦死をとげ、軍監五十嵐岱助ら戦死者合計33名を数え、仙台藩は壊滅した。

※ああ~、なんですかこれ!?雪除けですか、移動ですか!?この状態で載せるのも何ですが、もう行けるかわからないので取りあえず…。ちなみに訪問は11月末頃でした。

早坂弥七郎

梁川播磨大隊使番。

慶応4年年7月11日羽前金山戦死。

仙台藩士戦死之墓

梁川播磨 戦死の地

 

山形県最上郡金山町金山818-2付近】

梁川播磨は現在の十日町あたりで重傷を負った。播磨は橋を渡り馬をおり辿り着いたここ森合峠の麓で薩兵に襲われ壮絶な戦死を遂げた。

仙台藩本営地

梁川播磨歌碑

積む雪に 

通路たへて 

おのづから 

うき世をへたつ 

冬の山里 頼親